【ムラを拓く】 地方創生について思う事・・

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先日、長崎県の次期総合計画の懇話会なる会議に出席した。

今回、自分は「地域づくり部会」の専門委員の一人として長崎県民ではないもののお声がかかり、数回にわたり会議を行い、長崎県総合計画の素案づくりに微力ながらご協力さしあげた次第である。

昨年の大分県の「人口減少研究会」の会議も同様に、県の企画部局が事務局となり、県知事もご参加され、県の施策の行く末を決める重要な会議であった。

これらの会議は、まさに「地方創生」の流れを受け、県としての方針を打ち出すための将来ビジョンを描いたものである。

自分の役回りは、「移住・定住」「交流」「地域づくり型観光」「六次産業化」といった今まで自分が携わってきた領域について、各県の強みを踏まえて、ご意見申し上げることである。

この地方創生に向けての計画づくりの段階は、各自治体が総力を挙げて作りこんできた。国も拍車をかけるべく、頑張って早く作成した自治体には更なる交付金を用意し、ソフト面でも応援を行ってきた。

都市部のコンサル丸投げの計画づくりではなく、まさにこれからが地域の知恵を結集しての地方創生が試されることとなる。

 

移住定住については、日本全体で人口が減っていく中で、右肩上がりの計画を作り続けることは無意味であり、新たな産業、生業、コミュニティビジネスといろんな言い方はありますが、仕事を創出し、他所からのIターンを増やしたり、それだけではなく、できれば一旦他所に出てしまった子供たちもUターンで帰ってくるということも含めての成長戦略、そして大切なことは、今住んでいる人たちをなるべく最後まで生き活きと余生を全うしてもらうという成熟戦略も同時に展開していくことが重要となってきます。

 

行政の役割、得意なところは、計画を策定し、予算をつくり、施設などのハードを作っていくこと。逆に苦手なところは、頑張っている人、地域を個別に吸い上げ、試行錯誤しながら。まさに事業を育てていくというソフトの部分です。自分が関わる部分は、まさにこのソフトの領域です。

自分の地域づくりのやり方は、規格化、パッケージ化されたスマートなやり方ではなく、地域住民とも膝を突き合わせ、何回も何回も会話を重ね、行きつ戻りつ、でも確実に小さな成功体験を重ねながら、一歩一歩前に進むというやり方です。

 

自分が思う地方創生のポイントは『誇り』と『人』、そしてに『マーケット』です。

金太郎飴的な絵に描いた餅の計画ではなく、そこに住む地域の人たちが自信を持って、“これこそが自分たちの地域のやり方、やること、進むべき道だ”と思えるためには、その地域の遺伝子(DNA)をしっかりと見据えることが重要です。他所から借りた成功事例をいくら持ち込んでも意味がありません。地域が誇りをもって語れるものに必ずヒントが潜んでいるはずです。

 

“バカ者、ヨソ者、若者” 昔から地域づくりに必要な要素として語られますが、もう少し自分なりに解釈すると、最初のバカ者は、一つには地域住民の中に、二つは行政マンの中にも欲しいもの。ヨソ者については、今の時代であれば「地域おこし協力隊」「田舎で働き隊!」などの国の施策も活用し、戦略的に入れていくべきもの。自分が提唱する「ムラガール」たちも火付け役としてはもってこいですが。交流の積み重ねの中で、ヨソからの移住・定住もつながっていきます。「若者」は、これら他所からの移住定住の中からも現れるものですし、もちろん彼らから刺激を受けて、地元若者たちも徐々に表に出てきます。

 

地域の自然、食、技、農産物など、地域にある資源を、どこにどうつなげるのか。本来は地域がそのマーケットに直接つながることが望ましいですが、多くの場合、媒介なる存在が必要となります。旅行にしろ、広告にせよ大手代理店は必ずしもベストなパートナーとはなりえません。薄利多売な業界では、大量に送り込んでという発想が主流に。そもそも地域はそれを受け入れるキャパシティはありません。

大切なのは大量に安く売ることではなく、しっかりとしたコンセプト、物語のある商品を、評価してもらうお客さんと繋がっている媒介の方々とのパートナーシップでしっかり売ることです。しかもマーケットは、国内の都市部に限らず、世界を目指すべきだと思っています。

今回、長年ご愛読いただいた「九州のムラ」も12月には「Nippon ノ MURA」となり、日本のムラの素晴らしさ、価値を世界の方々にも伝えたいという思いを込めて、創刊します。この話はまた別の機会に、ゆっくりと。(ヨーフ)